風バザ@ベリーショート
「虫愛でる姫君」
俺の妹は、虫が好きだった。城の庭で蝶やトンボなんかを捕まえては、嬉しそうに俺に見せに来る。そんな妹の姿は無邪気で可愛らしく、何よりも癒された。生まれた時から王子という名の重荷を背負わされていた俺にとって、あどけない彼女の姿はどれだけの救いになったことだろう。
しかし、月日が経つに連れ、妹は虫を嫌うようになった。花畑を可憐に舞う蝶ですらも疎むようになり、以前のように虫を見せに来ることなど、全く無くなった。たったそれだけのことなのに、俺が感じた喪失感は相当なもので、失ったと感じると同時に、宮廷内での圧迫感がだんだんと苦痛になってきた。
そして、ある秋の事。泣きながら俺を止めようとする妹を無視し、俺はたった一人で旅を始めた。
旅先でであった大柄な御仁――フェリックス殿は、見た目の威圧感とは裏腹に心優しい方で、俺の話を親身に聞くなり、豪快に笑って、自分の町にあるホテルの一室を紹介してくれる、というではないか。この包容力と気さくさには心底頭の下がる思いでいっぱいだ。
彼に連れられてその町、そよ風タウンに向かう道中、フェリックス殿はある少女の話をしていた。快活な牧場主の話。
「彼女も旅先でであった子でな。牧場の話をするなり目を輝かせて了承してくれたのだよ。いやー、彼女が来てくれなかったら、きっと我が町は地図から消えていただろう! 彼女には感謝してもし足りないくらいだよ!」
地図から消える、とは。大げさだとは思ったけれど、少し気になった。地図から消えてしまいそうなほどさびれた町を復興させた少女のこと。俺が一言、「一目見てみたい」と呟くのを聞き逃さなかったフェリックス殿は、ホテルへチェックインする前に、彼女の牧場へと案内してくれた。
農業も兼業しているらしいその牧場は、少女が管理できるのかと疑うほど広大なものだった。彼方に見えていた時から回り続けている風車からは、果実酒だろうか、爽やかなフルーツの香りが漂う。
「町長、この香りは…?」
「ああ、これはこの村の名産品の四季のワインだよ。各季節の果実酒をブレンドして作るものだから普通に造る酒よりも手間が何十倍もかかる。それに、実にデリケートなワインで、少しでも配分を間違えれば味が変わってしまうのだよ。この大陸で、四季のワインを美味しく作れるのは彼女だけなんだ。」
フェリックス殿が豪快に笑い、扉に手をかけた時。
中で「あっ!」 という叫び声がしたのと同時に扉が開かれ、中から美しい羽根をした蝶がひらひらと空を舞い上がっていく。
「す、すみません! 地下の温室で育ててた蝶が逃げ出しちゃって…」
鈴が転がるような心地のよい声がする。声の主は、とても牧場主とは思えないような金髪の娘だった。少し見とれてしまった自分がいた。彼女は妹とは全く似ていなかったのに、一目見ただけで、妹の影をその中に見てしまったからだ。
「なぁ、一つ、聞いてもいいか?」
「? なんでしょうか?」
蝶を捕まえようと、必死に腕を振り動かすフェリックス殿の傍ら、俺は立った今出会ったばかりの少女に、ほぼ無意識にこう尋ねたのだ。
「虫は、好きか?」
彼女は間髪を入れず、満面の笑みを浮かべて、答えた。
「ええ、とっても!」
FIN
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